「掛け算」ではなく、あえて「足し算」

小金丸です。久々の投稿です。
ちょっとばかしお付き合い下さい。

今回のお題は「経験」の考え方です。

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非常識をするための常識作り

日本に帰ってから本屋さんに行く機会も増えたのですが、私がドイツに行く4年前からありましたが益々仕事に関する本が多くなった気がします。
特に仕事の効率化を求める本が多く「足し算でなく掛け算で仕事をしよう」、「効果の高い物だけ取り組もう」、「非効率で無駄な事はやめよう」との内容が とっかえひっかえ違う言葉で説明している本が増えている気がしました。
もちろんこの考え大事だと僕は思います。競争社会がスピード化して行く中で、今までの働き方を見直し付加価値をつけていく仕事を増やしていくのは当然です。
でも果たしてその考えで仕事のスピードがあげて付加価値の仕事に専念できる人がどれくらいいるでしょうか。

何年も同じ仕事をしていても本質を理解していない人は多く見てきましたし、テクニックありきで実務が伴っていない人も見てきました。
かくいう僕も本ばかり読んでいてそれに陥っていた時期がありました。
でも、いくらテクニックやフレームワークで掛け算をしても母数が低ければ効果がないどころか逆効果です。

<イメージ>  
0(基礎経験則) x 10(知識テクニック) = 0  
もしくは・・・  
-0.5(基礎経験則) x 10(知識テクニック) = -5  

我々の今の状況なんてスタートしたばかりでよちよち歩きの赤ちゃん状態。
ハイハイだけで時速100kmだそうとしてますが、あくまでハイハイしか出来ない。
いわゆる0の状態。 いくらテクニックを駆使しても0にいくらかけても0。 掛け算する事が悪いわけではないんです、母数ありきの掛け算なんです。 0から1に、そして1から2にして初めて掛け算の効果が出る。

だからこそ基礎が大事。
基礎をバカにする人はいつまでたっても0もしくは1に永遠とかけ算をしている。 基礎ができて初めて応用ができる。我々の今のような状況に限らず、長年働いてもこの感覚は非常に大事だと思います。
だからこそいっぱいトライして失敗しようと思います。
ハイハイを十分して次は、つかまり立ちで100kgのベンチスクワットを頑張って行こうと思います。

非常識なことをするためには、まず常識を知らなきゃいけないんだよ。
お笑いみたいなものでも、常識を知らないと本当のツボというものが  
わからない。  
〜中略〜 常識をバカにする奴に、常識を超えた事は絶対にできない。
(志村けん)

 

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0を1以上にするにはリングに立つことである

前回のブログでも学生時代のボクシングの話をしました。 ボクシングを上手くなるにはいくら走り込みを頑張って、筋肉をつけて減量を頑張っても上手くなりません。 試合を見て分析し、専門誌や参考書を読んでも上手くならない。 実際にリングで戦い初めて課題が見つかり、それを分析し改善する。 更に、次のリングで課題を見つけ、それを分析し改善していく。

つまりリングに立たないと課題自体が見つかりません。 むしろリングに立たたず思い込みの課題で分析すると、 それが本当の課題でなくもしかしたら良いことを潰してまで変えてしまうことが起きます。

いくらランニングしても筋肉トレーニングしてもサッカーをしてもテニスをしても水泳をしてもボクシングはうまくはならない。 リングに立って戦うこと、つまりはその分野で現場に立って戦うはなければ、 その分野における力の成長は見込めない。少なくとも成長スピードは遅い。

これはスポーツに限らず、仕事においてもそうだと思います。

- 優秀な営業マンになるには営業が出来る部署で営業をする。  
- 優秀な会計士になるには会計事務所で会計の仕事をやる。  
- 優秀な経営者になるには会社を経営する。  

- 営業をすることで初めて物を売るとは何かを知り、課題がわかる。  
- 会計をすることで初めてお金の流れがわかり、課題がわかる。  
- 経営をすることで初めて会社を運営するとは何かを知り、  
  課題がわかる。  

だからこそ環境に身を置いている、もしくは、環境に自ら身を置くということは大切だと思います。 リングに立ったら戦うしかないので。

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戦って得たもの

リングに立って戦ったことの一番の報酬はなんでしょうか。

僕が考える一番の報酬とは、知識や技術ではなく、「経験という名の信頼」です。 これが正しいかは別として人が一番信頼を置いて信じるもは技術よりも知識よりも言葉よりも姿勢よりも、「経験x年数」だと思います。 以前有名企業の看板を背負いながら働いていた時期も、独立して会社の看板を降ろした今も感じるのは、 人はその分野における信じる尺度は「経験」と「経験の年数」だと感じました。

例えばWEBデザイン会社に20年間勤めている人がいます。
すると「あっWEBデザインの会社に20年間も勤めてたらデザインとかネット関係強そう・・」と他の人が考えます。

実はそこで経理の仕事を20年間していてWEBデザインに携わっていなくても、 人は「WEBデザイン」を「20年間」という言葉に勝手に意味付けをしてしまう。 年数が多ければ多いほど信憑性が増し勝手に信じ込む。

本当に正しいかと言えば正しくないと思うんです。 でも人が信じるか信じないかは正しいとは関係がないんです。 イメージで実際は捉えてしまうことが多いんです。

裏を返せば長年その分野で働いている人は全てプロフェッショナルでなんでも知っていると思ったら全然そうでもない、もしくは、長年の勘というのを盾に定量的に物事を考えようとしない人が多い事実を僕は知りました。 本気でやれば3年もあればかなり高い領域(8割以上)まで技術・知識・経験としても十分積めると思っています。 逆にそれ以上やってもあまり急激な変化がないと思っています。

経験や行動、そして経験年数を人々は一番信じる 。 だからこそ見せる側は経験と年数を大切にし、見る側は見極める力が大事だと思います。

人から信じてもらいたければ、言葉で自己を強調するのではなく、  
行動で示すしかない。
しかも、のっぴきならない状況での真摯な行動のみが、  
人の信に訴えるのだ。  
(フリードリヒ・ニーチェ)  

■本日の頂き物

先日3月の東京出張時に大学時代大変お世話になった大先輩が経営されている愛知県の酒蔵(山忠本家酒造 株式会社)にお邪魔しました。 知る人ぞ知る「義俠(ぎきょう)」というお酒を醸す酒蔵の11代目。 ちょうどお酒を絞る忙しい時期であり、夜中も酒蔵に泊まり込み。 「これ持って行きなよ」と渾身を込めて造って頂いた義俠の一升瓶を頂きました。 保管方法や条件をクリアできる環境の飲食店のみに卸し、一人一人面接をするという徹底ぶり。

3月15日のユカシカドの1周年を迎える瞬間に役員3名で頂いた義俠で祝杯を上げさせて頂きました。 飲んだ瞬間、「おお!」とみんなで歓声を上げました。

マサさんありがとう!!

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